ダリへの道も一歩から

天才と言われている絵画の巨匠は本当に天才なのか?努力によって才能を開花させることはできるのか。

やる気スイッチはどこに?見つけた!努力できる唯一のもの。

「腹筋つけたら絵が上手になるんだったら、いくらでもトレーニングするよ」

高3女子の発言である。

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友人との雑談中に『努力』についての話題になったらしい。

娘がやる気スイッチを見つけて、努力ができるようになった過程を明らかにしていく。

  

 

得意だった歌うこと。楽しい。でも努力できない。

 

 娘は歌うことが好きである。

高校は美術コースに進んでいるが、クラブはずっと合唱部に入っていた。

美術科の友人に「なぜ音楽の道に進まなかったのか」と聞かれたりした。

小学校3年から合唱団に入っていて、小学5年生の学芸会のミュージカルでも主役をさせてもらえた。

彼女は体は小さいのだが、声がとても大きい。

舞台度胸もあるようで、物おじせず演技をしていた。

中3の時、『普通科に行かない』と決めたら、娘の音楽好きを知っていた友人に「音楽系に行くの?」と言われたという。

 

だが、娘は音楽については努力ができなかった。

『遊び』の延長としてカラオケや合唱は楽しんでできたのだが、音楽をもっとよくできるようにするトレーニングはできなかったのだ。

クラブ活動でみんなで歌を歌ったり、学校での音階の練習とかはできるのだが、家で一人で練習したりはしなかった。

私も学生時代合唱部に入っていたのでわかるのだが、楽譜を読む練習をしたり、ボイストレーニングをしたり、腹筋を鍛えて声がしっかり出るようにしたり、家でのトレーニングは『上手くなるためには』欠かせいものだ。

 

ところが、娘は一切それをしない。

なので、6年間合唱部に入っていたのに(中学には合唱部がなかった)楽譜を読むことさえうまくできない。

小さいころキーボードや鉄琴をおもちゃ代わりに与えていたが、楽器はひとつもまともに演奏できない。

小学校の時の縦笛さえあまりちゃんとは吹けないのだ。

 

できるようにするためには自ら『努力』しなければできるようにならない。

 

 何かを『できる』ようにするためには、自分を高めるための努力が必須だ。

小学校5年生の学芸会でミュージカルの主役をつとめた娘は、しばらくの間「大人になったら劇団四季に入りたい。」と言っていた。

でも、そう言っていただけで何の努力もしなかった。

楽譜を読む練習もしなければ、発声練習もしない。そういう『養成所』に入りたいとも言わない。

 

何かをできるようにするには、人から言われたからやる。ではなく、自ら行う努力が大事だ。

「劇団四季に入りたい。」のなら、踊って(動いて)歌えるようにならなければならない。

入りたいのなら今まで得意でない運動をしたり、楽譜を読めるようにしたり、腹筋を鍛えたりするはずだ。

「勉強しろ。」と言われて勉強するのではなく、勉強が楽しいから勉強するのでなければ勉強が得意にはならないのと同じことだ。

私と殿さま(主人)は、子供らしい一過性の単なるアコガレだと理解した。

 

やりたいと思えることには努力できるはず。

 

 CMでも流れているが、『やる気スイッチ』がどこにあるのかと探す親は多いだろう。

『やる気スイッチ』とは、何かについて努力ができるその『何か』のことだと理解している。

結果、その『何か』が得意になるのだ。

 

勉強が面白いから。とかわからないことがわかって楽しい。とか思う子供は確かにいる。

勉強に『スイッチ』のある子供だ。

我が家の殿さまがそうだ。

彼は大学教授で、社会学の学者である。

勉強が得意だ。

『知らなかった事を知れるのは面白い』と考えているし、『わからないことがわかって楽しい』ために、60代近くなっているが、毎日勉強している。

驚くことに、50歳を過ぎてからフランス語を勉強して、専門書を原書で読めるようにしてしまった。

彼の解き明かしたいことは『人間社会がどうなっていくか』なのだが、それには『過去をひも解くことでしか予測できない。』と考えているので、それに必要だと思うものを取り入れ、頭の中で再構築していくのだ。

日本語訳で読んでいたのでは納得できなかったことが、原書で読むことで腑に落ちるようになる。日本語とフランス語のニュアンスの違いのために理解できなかったことが原書で読むことで解決する。必要に迫られてフランス語を勉強したのだ。

『スイッチ』が入ってしまえば、自然に努力できるはずだ。

 

全く努力しない娘をみて、彼女の話した「劇団四季に入りたい。」には、『スイッチ』はないのだと私たちは理解した。

 

やっと見つけた『やるきスイッチ』努力できる得意な事

 『得意なことで社会に貢献できることが人にとって幸せなことだ』と考えていた私たちは、娘は何が得意だろうかとずっと考えていたのだが、なかなか見つからなかった。

やっと見つかったのは中3の2学期の終わりごろだった。

娘の『得意でないこと』を潰していってやっと見つかったのだ。

 

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 得意なことは、やればやっただけの成果が出る。

だから『努力』できるのだ。

努力すればするほど成果がでる。それまでよりも得意になる。だからまた努力ができる。。。

と、続いていく。

 

歌うのが好きだった娘ではあるが、歌うために努力はできなかった。

でも、絵のためには努力ができる。

 

『絵しか描けないから、絵を描くことを嫌になりたくないから、絵を描くことについて努力したくない。』と話す友達にこう言ったのだという。

「私は絵しか描けない。だから、絵のためだったら努力ができる。もし、腹筋つけたら絵が上手になるんだったら、いくらでもトレーニングするよって言ったの。」

だって。私絵しか描けないもん。

と、歌うために腹筋を鍛えることはできなかった娘は笑って話した。

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