ダリへの道も一歩から

天才と言われている絵画の巨匠は本当に天才なのか?努力によって才能を開花させることはできるのか。

中山智介先生から教わったことは大きい

中山智介先生が、Pebeoの方と娘の通う予備校にいらした。

※Pebeoはフランスに本社のある画材メーカー

Pebeoの新しい絵の具のパフォーマンスに、中山先生が実際に使ってみせてくださったのだ。

彼は、毎年個展を多数行っていて、今まで総計で140回以上(!!)行っているアーティスト。

こちらは水彩で描かれた『夢人』

お年は60歳。 

プロフィール 

中山智介(なかやまともすけ)

1959年 栃木県生まれ

1985年 東京藝術大学大学院修了(油画科)

1988年 国画会展入選(以降毎年)

1990年 日仏現代美術展 サロン・コンパレゾン賞1席

1993年 人間讃歌大賞展佳作賞(2002年)

2000年 青木繁大賞展入選

2002年 西脇市サムホール展優秀賞 国画会展新人賞受賞

2006年 損保ジャパン美術財団選抜奨励展

2008年 第10回記念雪梁舍フィレンツェ賞展佳作賞

2010年 第12回記念雪梁舍フィレンツェ賞展佳作賞

現在  国画会会員、日本美術家連盟会員 個展多数

  http://tomosuke.net/profile-his.html より抜粋

  

 

「作家になりたい人」

と中山先生に言われて、油画志望のほとんどが手を挙げていたらしい。

 

油絵を目指す学生の最終的な出口は、作品を作り続けることに他ならない。

あがき、もがき続けて自分の理想とする一枚に近づくしか道はない。

 

ただ、現代社会に『作家』で身をたてることができる人はごく少数だ。

中山先生はそのごく少数の勝者だといえる。

 

彼は、娘の通う美術予備校の卒業生。

予備校という形になる40年以上前に通っていたそうだ。

美術予備校の先生は、その予備校出身の人が多い。

働きながら作家活動を続けられるからだそうだが、縦や横のつながりもとても大事にするのだろう。

 

作家になるため、浪人中から多くのコンテストに自分の作品を出品していたという。

そのパワフルさに驚く。

 

「今回中山先生に会って、やっぱりがんばるかなぁって思った。

その先生は、作家になるために努力して。いろいろなことをして。

Pebepの本社はフランスにあるんだけど、そこにある画廊で、外国人で初めて展覧会をしたのが中山先生なんだって。

だから、今回も来てくれたんだって。」

 

娘なりに感銘をうけたようだ。

あなたも作家になりたいの?とためしに聞いてみる。

 

「なりたい。

当然だよ。作家になりたいよ。何かしらの作家になりたい。

自分の絵を描くことに限界を感じたら就職するけど、それでも絵を描かない生活なんて考えられない。

だって、普通の会社員ができることはできない。

絵を描くことしかできないから。」

 

作家になりたいって。

自分もこういう風になりたいって強く思ったようだ。

 

現役の時にはそんなこと思ってなかったのにってちょっと驚く。

周りにいる多浪生や、絵はすっごくうまいとかじゃなくても頑張ってる人とか見ると、刺激を受けるようだ。

ぼんやりとなんとなく考えていたことが、実際の作家活動が世間から評価されている人と接することによって少しずつ形になってくるらしい。

 

やっぱり、美術予備校に通わせて良かった。

一人で勝手に絵を描いていたのでは、そんな刺激を受けることはできなかっただろう。

そういう風に、ずっと絵を描いていけたらいいね。

 

 

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