ダリへの道も一歩から

天才と言われている絵画の巨匠は本当に天才なのか?努力によって才能を開花させることはできるのか。

長い休みと愛するペットの関係

世間はお盆だ。

街の通勤タイム、行きかう人がいつもよりだいぶ少ない。

美術予備校はそれとは無関係に、夏期講習が続いている。

もちろん去年、現役生の時もそうだった。

 

主人はといえば、お盆休みとか取っている記憶がない。

今年は大学のカリキュルラム関係の業務で夏休み中に締め切りの来る仕事がいくつもある。

去年は秋に向けての研究発表のために、休みなく調べ物や書き物をしていた。

大学教師という職業は、学生が休みの時にわざわざ大学に出かけなくても自宅でできる仕事もあるので、会社に勤めている人のようには通勤する必要はない。

かといって、夏休みまるまる休めるわけではないので、それなりに仕事はある。

長い休みを取ろうと積極的にしない限り、毎日仕事はできるのだ。

残念ながらうちは例年のごとく、お盆休みとは無関係に時間が過ぎていく。

 

そういえば

ペットの世話とかあるから、インコを飼い始めてから家族で泊まりに行ったこととかない。

それまでは少ないなりも何度か小旅行とかしていたけど。

この12年、家族皆で泊まりに出かけたこととかない。

主人はとても心配性なのだ。

可愛がっているペットのインコが、家人が誰も帰って来ないと悲しんで泣き叫んでいたら可哀そうだと、真剣に心配するのだ。 

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ゴシキセイガイインコとズグロゴシキインコ

うちにはインコが3羽と、小鳥が1羽いる。

小鳥は日が昇れば目を覚まし行動し、日が沈めば大人しく休むのだが、インコは違う。

ダイニングの横に鳥かごを置いてあるので、人間と共に行動しがちだ。

野鳥が日が落ちる頃皆でねぐらに帰るように、うちの鳥たちもに眠る前にはソワソワしだす。

仲間皆でねぐらに帰りたいと、本能的に思うかのように、仲間を呼び集める。

大きな声で鳴いて、仲間を呼び寄せるのだ。

 

その時に家人がいないと、余計不安に感じるようだ。

ダイニングの横で生活している人間たちを、インコ達は『仲間』だと認識していると思える。

ペットは常時家にいるが、人間はそれぞれ皆行動するのでいつも家にいるわけではない。

人は出かけて、また帰って来る存在だと思っているようなのだが、自分たちが眠る時に人間がいないとたまらなく不安になるようなのだ。

不安になると大きな声で泣き叫ぶ。

遠くにいる仲間(私たち)に聞こえるように、もう眠る時間だから帰って来いと大きな声でひたすら泣き叫ぶのだ。

 

インコと共に暮らしてお互い一緒に生活するのにだいぶ慣れてきたので、今は少し帰りが遅いからいって、インコが不安に駆られて泣き叫ぶようなことはない。

だが、泊りで家族皆がいなくなると、どんなに心配するだろうかと、心配性の主人は思ってしまうようなのだ。

なので、この12年間家族皆で泊りで出かけたことはない。

ゴールデンウイークも、お盆休みも、年末年始もずっと家で過ごしている。

 

私も主人も、東京生まれだということもあるかもしれない。

二人とも実家が東京にあるので、遠くに帰省する必要がないのだ。

もちろん家族で海外に出かける人たちを羨ましいと思わないわけではないが、ペットをおいて一泊ぐらいしたってたいして問題はないのではないかと思ってはいるのだが、心配性の主人はそれができないのだ。

  

ペットを飼うということは、彼らが外で自由に生きる権利を奪っていることになる。

可愛らしい様子を見せてもらう代わりに、人間だって我慢しなければならないこともあろう。

とは思いつつも、お盆休みでいつもよりも人が少なくなるスーパーとかに行くと、なんだか少し寂しくなってしまうのだ。

 

 

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