ダリへの道も一歩から

天才と言われている絵画の巨匠は本当に天才なのか?努力によって才能を開花させることはできるのか。

石膏像デッサンの正解:各学科毎に考える

「じゃぁ。クイズね。デッサンって、目の前にあるものを見えているように描くのが正解なんだけど、どのように見ているのかが各学科によって違います。

目の前にある正解を、まるで写真のように写している学科はどこの学科でしょう?」

 

 

 

 

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む。

答えにつまる。

しばらく黙っていると、娘が続けて話しだす。

「答えは日本画です。見えているのと同じように、まるで写真のように写し取るように描くのは日本画なの。」

美術大学の学部は各学科に細かく分かれている。

大学入試において、学科によって求められる絵画の描き方が違うのだ。

 

「デッサンって、目の前に見えるものが正解なのね。だから、その正解に近づく様に描くんだけど、求められている描き方が学科によって違うの。

 

日本画は、

目の前の正解が一番大事。そこにリアルにあるように、そのままを画面に描いていくの。

目の前にあるものを白黒写真で撮って、そこから石膏像だけ切り取って、背景はいらないので取り除いて、紙に石膏像だけ張り付けました。みたいな絵を描くの。

見えているように描くことが大事。なので、影(石膏像の中にある影のみ、外側の影は描かない。)

も見えているように描くのが大事なの。背景のない石膏像だけの白黒写真が理想なんだと思う。

 

デザイン科は、

白黒写真で撮って、石膏像だけ切り取って、背景はいらないので取り除いて、ここまでは日本画と同じ。だけど、石膏像を全体的にちょっと白くして貼り付けました。って感じ。日本画と似ているんだけど、見えているようにもちろん描くんだけど、デザイン系は、そこにあるようにリアルに、というよりも正確に形をとらえることに一番重きをおいていると思う。

 

彫刻科とかは工芸なんだけど、

工芸は、まず目の前に石膏像があるとすると、ペタペタと手で石膏像を触ってみるの。

どこがへこんでいて、どこがでっぱっていて、ざらついていて、冷たくて、っていうのを確かめてその触った感触を画面に描くの。

触った感触を描いていくので、一番明るいところであっても、光を描くのではなく、触った感じを描くの。なので、一番強く光が当たっているところでも、光を描くのではなく触った感触を画面に描いていくから、真っ黒になるの。

 

油絵科は、空気感を描くのが大事。目の前にある景色、石膏像を含めた空間が正解なの。

石膏像が存在している空気ごと画面に描いていくの。

どこが一番明るくて、どこが暗いか、どこが一番手前にあってどこが一番奥にあるのか。その空間を描くために石膏像の背景も描くの。

だから、空間に存在しているのを示すために反射光をいれたり、遠くにある場所はぼやけたりするの。」

あくまでこれは、娘の見方による各学科ごとのデッサンを描く傾向だ。正解のない美術の世界のことなので、自分で描いたものを説得力をもって押し通していけるのなら、どの学科であろうと好きに描けばいい。だが、好きなものを好きなように描いた人が大学に受かるわけではないので、各学科毎の傾向と対策は絶対的に必要不可欠なのだ。

 

だから、油絵は背景が綺麗じゃないといけないのだと娘は言う。

空気感がちゃんと描きこめているのなら、白トビとかはありえないのだ。

パジャントの講評で指摘された『白トビ』とは、一枚の絵の中で同じような反射はないはずなので、同じ白があるはずないのに、色々なところにちらばっている白が似ちゃっていることを白トビというらしい。

「パジャントの講評でね。まだちょっと白トビしているね。って言われたの。

チカチカする。って。

デッサンは、白と黒で作っているので、パッと見ただけですぐわかっちゃうんだ。

これくらいならいいかなぁって思ってたんだけど、ダメだったみたい。

M先生に言わせると、もっとシビアに見て、白が同じ白色にならないように。と言われたの。

『もっと厳密に見れば、そんなに同じ色にならないはずだよ。形はどこも変化しているし、変化していないところでも光源が近ければすごく明るいけど、遠くなっていけば暗くなっていくはずだから。たとえどんなに距離が近くても暗くなっていくはず。それを絵の中で表現しなければいけない。

まして、形がボコボコしているのだったら、余計そうなる。光からの距離を感覚でとらえて表現しなければいけない。』って」

光の距離を計算して描かなくてはいけないの?

と聞いたら、計算して描くのではなく、感覚で捉えて描くのだ。という。

 

「高校の美術コースに通っている時、二年生の後半くらいだったと思うケド、ある先生に言われたんだ。『もっと心を入れて描かないと、つまらない絵になってしまう。冷静に見ることはだいじだけど、ここがきれいだから、こう描く。こう描きたいからこう描く!とかそういうことを大事にしなければ見る人の心を動かすことはできない。』って」

客観的に見ながらも主観的に表現する。

客観と主観をうまく両立させて描かないと良い絵にならないんだそうだ。

 

石膏デッサンの正解は、見る人を納得させることさえできれば、いくつもあるということなのだろうか。

 

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